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ローマ・ホメオパシー博物館 「Museo dell’Omeopatia (ミュゼオ・デル・オメオパティア)」

CHhom海外スクーリングのお話の続きです。

ローマ滞在3日目に私たちが訪れたのは、イタリア唯一のホメオパシー博物館「ミュゼオ・デル・オメオパティア」。
私たちが訪れた時の様子を、オフィシャルサイトで紹介して下さいました。

【博物館サイトリンク】
MUSEO DELL 'OMEOPATIA

ネグロさん

この博物館は、ローマ中心地、ナヴォーナ広場を一望できる建物の中にあります。
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この博物館は、イタリアにホメオパシ―を普及した人物であり、二代前のローマ教皇・聖人ヨハネ・パウロ2世の専属ホメオパスでもあったDr.アントニオ・ネグロが、文化貢献にさらなる発展をもたらすために設立したネグロ財団によって、2013年6月17日、ローマにオープンしました。現在は、その息子であるDr.フランチェスコ・ネグロさんによって管理されています。

館長のDr.フランチェスコ・ネグロさん。
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日本から来た私達を歓迎して下さり、イタリアのホメオパシ―の歴史について、また、ホメオパシ―の普及に人生を捧げたネグロさんのお父様アントニオ・ネグロさんについて、ネグロ財団の活動についてなど、ご説明いただきました。

博物館の図書館には、イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語、スペイン語など 8,500冊以上のホメオパシ―関連書籍が収蔵されており、ハーネマンの直筆の手紙や処方、愛用していた私物、ハーネマンの署名入り「医術のオルガノン」第一版、直筆で校正されているオルガノン、昔のレメディーキットなども展示されています。ドイツからアメリカに移り、現在ではよく使われるレメディ―、ラカシスを発見・作成したアメリカホメオパシ―の父コンスタンティン・へリングのオリジナルキットなども展示されていました。
この博物館は収容人数40人と、博物館としては小さい館内ですが、そのコレクションの素晴らしさに皆さん驚きと感動で興奮していました。

ホメオパシーに所縁ある貴重品が沢山展示されています。
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入って左側の小部屋には、世界初の女性ホメオパスであり、ハーネマンの晩年9年間を共に生きた最後の妻、メラニーが、ハーネマンが亡くなる5年前に描いた肖像画の本物が飾られていました。いろんなハーネマンの肖像画が氾濫していますが、メラニーが描いたものが最も忠実に写実された肖像画と言われています。とても優しいお顔をしていますね。
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メラニー直筆のサイン付!「メラニー・ハーネマン パリ 1838」と書いてあります。
保存状態も素晴らしく、このオリジナルの肖像画を見るためだけでも、この博物館に訪れる価値はあると思います。
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奥に見えるのはハーネマンが亡くなったときにメラニーがとったハーネマンの左手の石膏型。ハーネマンが亡くなり悲しみに打ちひしがれたメラニーは、遺体が他の人の手に渡ってしまう前にと、公に知らせる前にこの手の石膏型をとったそうです。50歳ほどの年の差があったメラニーとハーネマンですが、本当に心から愛しあっていたことが感じられますね。
(ホメオパシ―出版 リマ・ハンドリーさん著「ホメオパシック・ラブストーリー」参照)
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またハーネマンの治療を望んでいたメラニーに宛てたハーネマンからの手紙もありました。そこには「貴女が、私の
所(ケーテン)に来ることができるならば、私は貴女を治療する事ができます。」と書かれているそうです。
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愛用していた茶こしや、Ant-c(アンチモンクルーダム)の処方が書かれたメモなども。
「ハーネマンの字はとても小さくて、繊細な性格だったよう。レメディーでいうとライコポディウムっぽい感じだったのでは。」
と、館長のネグロさん。そう聞くとなんだか親近感が湧いてきますね。
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壁には、ハーネマンの弟子の一人、リュケットがレメディー名と特徴や症状を表でまとめたマテリアメディカもありました。
よーく見ると「Sulfur(ソーファー)」などのレメディー名、「Headach(頭痛)」など症状の記述が見えます。
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そしてお宝コレクションの一つ、世界に二つしかないと言われるオリジナルの「医術のオルガノン」第一版。
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とっても貴重!ハーネマンが版を重ねる時に自筆で書き加えたメモと校正本。
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とらこ先生が日本語監修した「医術のオルガノン」第6版、慢性病論第2版、マテリアメディカRA、CK、TBRはじめとらこ先生の書籍も、ハーネマンの貴重な文献の数々が収められている同じ棚に収蔵・展示されました。
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ハーネマンは、ウィリアム・カレンの薬効書を翻訳する中で、マラリアに効くと書かれているキナが何故効くのか、カレンの説明に納得いかず、自分自身でキナの皮を実際に摂り、ホメオパシ―の原理を発見しました。どのようにカレンの薬効書を翻訳するに至ったかというと、その薬効書と同じ出版社による他の書籍をハーネマンが翻訳しており、その出版社から「次はこの本の翻訳をお願いします」とカレンの薬効書を渡されたからだそうです。そのきっかけとなった書籍のオリジナルもこの博物館に所蔵されていました。
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イタリアには、1820年(オルガノン第二版の頃)にホメオパシーが入ってきたそうです。
ホメオパシーはハーネマンによりドイツで発祥し、ハーネマンから学んだ弟子達が世界中に広げましたが、実は、イタリアのナポリがこの普及において大きな役割を果たしたそうです。ナポリの国王がホメオパシーを擁護しており、そこから、イギリス、スペイン、フランスなど、現在ホメオパシーが根付いているヨーロッパの国々へ、普及されたとの事でした。イギリスにホメオパシーを導入したDr.クウィンも、ナポリでホメオパシーに出会ったとのことでした。

館長フランチェスコ・ネグロさんのお父様のアントニオさんは、101歳までホメオパスとして活躍され、2010年に102歳でお亡くなりになられたそうです。最後まで元気に現役で活動するホメオパスも多いと聞きますが、101歳は最年長かもしれません!?そのお父さんのコレクションをもとにこの博物館が設立されたのですが、ホメオパシ―への愛に溢れる素晴らしい博物館でした。

博物館で見せていただいたコレクションはどれも素晴らしく、ネグロさんの知識の豊富さと情熱から、イタリアではホメオパシ―が幅広く愛されていることが伝わってきて、とても温かい気持ちになりました。過ごした時間はアッというまで、この感動はまだまだ書ききれないほどです。

帰り際にはハーネマンの写真入りの素敵なお土産をいただきました。
カレンダーとして使うのはもったいない!ずっと飾っておきたいですね。

また新しく素敵なホメオパシ―繋がりができたことに感謝です。
ネグロさん、本当にありがとうございました!!
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